珈琲と煙草と音楽な瞬間。

珈琲飲んで煙草をすって音楽を聴きながら自分らしい日々を願うブログ。

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサーリンク



初トラックバック記念で語る語る。 

本日、めでたくこのブログ開設以来初めてトラックバック頂きました。

なんかHNとは違う気がしますが、「もうすぐ夏」様ありがとうございます。

記念すべき初トラックバックということもありまして、
こちらもトラックバックでお返ししたいと思います。

「もうすぐ夏」様の記事から考えてみた。


スポンサーリンク



「もうすぐ夏」様の記事の抜粋です

http://sons.blog4.fc2.com/blog-entry-42.html


マスコミの使命とは、まず最初に「真実を伝えること」があり、その次に「世の中を正しい方向に導くこと」がくると思います。しかし日本のマスコミには、この順序が入れ替わってしまうことが多くあります。ウソをつくことはしていないでしょうが、報道に意図的な強弱をつけることは視聴者に間違った認識をさせてしまう恐れがあります。JRへの嫌がらせ・暴言・暴行は、マスコミの煽りの影響も少なからずあったはずです。



僕が、思うのは事実を事実として伝えることの難しさですね。

何故って、言葉はメッセージを伝えるために発達してきたと思うからです。

言葉ってコミュニケーションの手段でしょ?
で、コミュニケーションって何よ?って聞かれたらメッセージを伝えることだと思いますね。

上記の前提が正しいなら、言葉が言葉たるにはメッセージが乗らざるを得ないんじゃないかと。
すべての言葉にはメッセージがある。位に思っていいんじゃないでしょーか。

例えば、適切な例えじゃ無いかもしれませんが、
「ウニ食べて美味しかったあ」って言う人は、
ウニ食べた事実を伝えたいんじゃなくて、美味しい事なんじゃないの?って。
そしてその先にある嬉しいとか、お前には食べれないぜ、ざまーみろ(笑)とか伝えたいんだと思います。

ちょっと変かな?じゃあ、こう言いましょうか。
メッセージのない言葉はすべからく駄文になるぞ。
こう言ったら同意してくれる方は居るんじゃないでしょうか。

僕が言いたいことをここまで整理。
言葉って必ずメッセージが乗るもの、そしてメッセージが無い言葉は只の駄文。
つまりは、ここのブログの大半の記事は駄文(笑

それは、報道でもいっしょかと。

この先は、多分僕は多分かなり稀少な考えしてると思いますし、
そんなの同意できん!と思われる方多いかと思います。

まあ、変な奴が変なこと言ってるなあ位に流してくださいな。










僕は、事実を事実として事実のみを伝えることを求めるのは新聞なりTVなりそれがネットでもナンセンスじゃねーのとか思います。

メッセージがあって良い。と思いすね。
それがメッセージを伝える為の手段である言葉で出来てるので。
そして言葉に隠れたメッセージを読み取って良し悪しを判断する必要があるよなあ。と。


僕は、いい報道とは、いいメッセージの報道だと思います。
ぶっちゃけ、メッセージが良ければ嘘でもいいと思いますもん。
・・・報道は、まずいか(笑
一番いいと思える報道は、事実だけを伝えているようでちゃんと読むと書いた人のいいメッセージが正しく読者に伝わる報道ですかね。




といっても、いいメッセージといいうのも難しい物でどのようなメッセージをいいとするのもTPOだと断言もしますね。

いいメッセージも人それぞれなんです。
人といいましたが、立場ってしときましょうか。
JR実は、悪くないんじゃない?ってのがいいメッセージである場合もあるし。
JRは人殺し、さっさと潰れろがいいメッセージである場合もあるし。
僕は、どっちもいいメッセージだとは思いませんが。


僕が今メディア見て辟易するのは、どこのメディアもなんかメッセージが画一的あるいは、無い。
そして、あってもなんか感じるメッセージも賛同しかねるものがちょっと多すぎ。な所でしょうか。


新聞社の人は、「我々は社会正義を実現するんだあ」とか思っているらしいですが、その社会正義とやらも、TPOなんですよ、と。
勝手にコレが正しいとか決めてそれを押しつけないで下さい。
と、すんごく思いますね。

報道が偏向するのは、まあいいんです。
報道は、メッセージを伝えるためにやってると思うので。
いろいろなメッセージがあればいいんです。
こっちの考えも聞きあっちの考えも聞きみんながいろいろに考えていけばそうめちゃくちゃな世の中にならない気がしませんか?


もし、メッセージが、ほとんどのメディアが右に習え的でみんなこっちの考えだったら・・・・
そう、あっちの考えはタブー視されて潰されたり。
もし、自分が正義そのものだと思ってその奢りが判断を曇らせるとしたら・・・・
そう、自分が正義なら違う事いう子は悪ですよね。
そして、曇った判断で皆画一的にメッセージを送っているとしたら・・・・
そう、じゃないといいですね。


杞憂で終わるといいなあ。
って素直に思います。


ああ、疲れた。
初トラックバックだったんで精一杯考えてみました。
次、重いネタでトラックバックもらってもしんどいのでこんなに書きませんから!残念っ!
スポンサーサイト

Comment

Name - エツ  

Title - 

TBさせていただいた、「もうすぐ夏」ことエツと申します。

上記のブログ、大筋で同感です。
素晴らしいご意見で、大変参考になりました。

日本のマスコミには、アメリカなど海外のマスコミに比べて「報道したくてもできない真実」がかなり多く存在します。それは暴力団絡みや皇室絡み、そして政治絡みの場合がほとんどです。その理由は、日本にある「記者クラブ」のあり方に問題があるからです。話すと長くなるので、ここでは触れませんが。

言葉にメッセージを乗せて発信することは人間の文化であり、そうしないと「言葉として死んでいる」と言えると私も思います。しかし「報道したくてもできない真実」が存在する時点で、そのメッセージに制限がかかってしまうと思います。

今回のJRの事故に対する報道の中に、「報道したくてもできない真実」が存在するのかどうかは不明ですが、マスコミが「生きた言葉」すなわち「メッセージが乗っている言葉」を伝えるためには、「報道したくてもできない真実」があってはならないと思います。今の日本のマスコミ(特に記者クラブに属しているマスコミ)は、しっかりとしたメッセージを言葉に乗せることがしにくい状況にあります。それが、いま残念に思います。
2005.05.14 Sat 09:50
Edit | Reply |  

Name - かもめ  

Title - コメントまで!

頂いちゃって、それもなんか褒めて頂き嬉しいです(笑
ありがとうございます。

あ、遅れましたが当ブログの中の人で「かもめ」と、いいます。

エツさんのコメントもほぼ同意させて頂きますね。
はい、記者クラブがいかんともしがたいことになってるぞとか、聞き及んでおります(^^;

事故の報道もその他も、いろいろな記事が出て、いろいろなメッセージが出てくればいいんですけどね。
でも、どの新聞もTVもなんか言っている事が一緒で、もう一つでいいじゃんとか思っちゃいますね。

もっとメディア各社、各人が多様なメッセージを伝えようとするなら、自ずとタブーは無くなっていくと思いますが、そういう方向じゃなさげなのは、僕としても残念です。

ここら辺にしておきますね。

改めて、トラックバック、コメントありがとうです。
2005.05.14 Sat 12:28
Edit | Reply |  

Add your comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。