珈琲と煙草と音楽な瞬間。

珈琲飲んで煙草をすって音楽を聴きながら自分らしい日々を願うブログ。

マスコミの良心。 

さてフジ叩き全盛の中ちょっと投げてみる。

フジ叩きは、花王も巻き込みいろんな思想な人も入り組んでなかなかカオスだなあと思いつつ、眺めて考えたりしているわけですが。
仔細は良いページがないなあ。「フジTV 高岡騒動」とかググッてくださればいろいろわかるでしょう。
と、おもったけどなかなかいろんな考えの人も加わって本質も見えにくくなってきた感があります。

適切かどうかはわかりませんが、かもめ的に纏めると要するに・・
マスコミが一部の人の利益の為に正確じゃない(時にはありもしない)情報を流してると考えている人がいてフジTVがその批判の標的にされている。
影響力の大きい声の大きいものが一部の人々の意図する偏った情報を流すのはけしからんと言うわけですね。
以前から不満を持つ人もいましたが、高岡さんの一件でそれが一気に表面化した。
ということだろうと見ています。

きっかけの高岡さんも外国人参政権等の件に触れているのもあってかなり政治的意図を持ったっ人たちも参加したり関心を持っているだろうと推察できます。



ともかくも近年ではもっとも大きくなった騒動かも。毎日変態新聞とかより大きいようです。この件も「毎日変態新聞」で先生に聞いてくれればなかなか興味深いことがわかるかもしれません。
この件もマスコミの影響力をどう考えるかで評価が分かれるところかと思います。

マスコミについてどう考えているのか。
自分は最近ある意味これを総括するブログ記事を書きました。
http://heibonjan.blog9.fc2.com/blog-entry-496.html
この記事のテーマは、政治の三流を否定することじゃないですよ。設問は恣意的な事を認めるけどね。
一番のテーマは、受け取った情報にどう評価を与えるのか。です。


マスコミは偏向しているのか?いないのか?
偏向しているとして、影響力が大きいマスコミでそれが起こるのはいいことか?悪いことか?

どうなのでしょう?

その前に、ここでおもしろいものを紹介しておこうかな。
http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/258.html
「麻生政権の実績」

上記のサイトは、多分に政治的意図を含むものです。
こちらのページを作成した人は「マスコミは偏向している。麻生政権の実績は報道されなかった。」という立場に立つ人たちであるとは言えるかもしれません。おそらく民主党、マスコミに批判的でもあるでしょう。

「麻生政権の実績」とやらのページにあることは事実なのか?偏向しているか、いないのか?
自分の考えは明言するつもりはありません。
だってあなたはその真偽を考え調べることができるのだから。
立場の違う人の意見を聞き、どちらが正しいのか、あるいは、どちらも正しいのか。さらにどちらとも違う結論だってあなたは考え導きだすことができるのだから。

ただ、このページを見て自分はある意味矛盾といえるものを感じるのです。
「それらは偏向しているとされているマスコミが情報源じゃないか。」と。
望めは、マスコミはこれらを完全に報道しないという選択肢があったはずです。
それは別の方向から言えば”マスコミの良心”ともいえるものかもしれません。

自分は想像してしまうのです。
様々なしがらみに縛られながら、日々に追われながら、その中で、誰かがなんとかひねり出したある意味マスコミの良心と言えるべきもものが上のまとめサイトをつくったんだと。

そしてね、上の自分のブログ記事の考えを前提に言うならば・・・・
マスコミが偏向しているとするならば、それは必然なのです。
マスコミは偏向して当たり前です。と言うことはできるかもしれません。
そして偏向することが必然なものに対して「偏向するな!」ということの不毛さを感じずにはいられないのです。
それは死ねと言っていることと同義です。もっと噛み砕いて言えば、家族もいる中の人に対して失業しろと言うことと同義じゃないかと。
死ねと言われて死ねる人を自分は知らない。


自分は先のブログ記事を書きながら不謹慎ながらこんな構図が見えてなりませんでした。
「政治は三流だっ!」とプンスカしながら政治は三流という記事をよこせっ!ってわめいている人たちとそれを見てせっせと政治が三流という記事を書いている記者。記者は政治は一流なんてかけません。だってそう書いたらそっぽを向かれるのがわかっているのだから。
その後ろで多くの政治家や官僚が一生懸命仕事をしている。それに隠れてほんの少しの人たちがなんか変なことをしている。みたいな。

もしそうだとしたら変わるべきなのは誰でしょうか?
ほんの少しの人たちですか?政治家ですか?記者ですか?それとも・・・・?


フジTVが流すものは受け取り手が望まないものも多いようだというところは違いますが、今回のフジTVの騒動も似たようなものを感じています。
「偏向するな!」と叫ぶことが最善の行動とは思えないでいます。
フジざまああっ!とか思っていませんよ。ええ、思ってませんから。思ってません。
思ってませんが、もちろん見過ごせない事があると考えるなら、その意思は示されるべきです。とは言っておきます。


ならばどうするんじゃい!って声が聞こえそうです。
自分はこれに対して答えらしきものを用意しています。

あなたは、受け取った情報について、どう受け取るのか考えることができる。
それが偏向しているのかどうか考えることができる。
その記事が誰のために書かれたか考えることだってできる。
誰のために描かれるのがマスコミのためになるのか考えることができる。
その真偽を違う方向から調べ意味を考えることができる。
良心があるかどうかはわからないけど、それを探すことだってできる。
もちろん受け取らないことだってできる。

その情報をそのまま食べるかどうかはあなたに委ねられている。
その情報。やろうと思えば、できるんです。調理も。
今という時代には、その手段が与えられているのだから。
ネットという手段が。

ネットが20年前は、なかったといえば語弊がありますが、今はその手段があまりにも身近にあり、あまつさえ世にあなたの意見を公表することすらができるのです。
これは人類史上いまだかつてなかったことです。
その道具を使うことで何が起こるかはわかりません。
それは始まったばかりなのだから。
うまく使えないかもしれません。けどこれからうまくなればいいのです。
その先には、たぶん明るい未来が待っているんだと自分はノーテンキに信じてます。

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