珈琲と煙草と音楽な瞬間。

珈琲飲んで煙草をすって音楽を聴きながら自分らしい日々を願うブログ。

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問題意識のすれ違い。 


最近思ったことの話。

問題意識。

それって、人によって違うわけありでして。
同じテーマを話しているはずなのにすれ違うということがよくあると思うんです。
同じ話のはずなのにすれ違う。

それって、要するに問題意識の違いだよねって思うようになっています。
同じテーマを話しているようで、問題意識が向かうところが違うので結局同じことを話してないということみたいだな・・・と感じることが最近連発しまして。





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特に大きな話ほど、そういうことが起きやすい気がします。
多くのテーマを内包するから。

で、自分は大きな事(例えばA)を話しているはずなのに、自分の問題に問題意識が向かっている人とは端的には話にならない気がします。というか話にならない理由はなんでかなー?と考えたとき、相手は自分と違うところに問題意識が向いている気がするわけです。だいたい。


「いや、それはAの解決法じゃなくて、あなたの問題解決法だよね?それは違う問題だよね?もっといえばこの話は自分の問題解決すら関係ない。そうじゃなくてこれはAの話だよね?」と言いたくなることも多いですが、そもそもその人にはAという問題意識はなく、自分の問題意識しかないような気もするし、言ってもわからないだろうと思っちゃうんですよね。だいたいその種のことは言えばたいてい角もたつ。


あー、なんか言ってることわかんないよね。
自分はこれですごくいろんな事が繋がった感はあるんだけど、まだそれを上手く言語化できなさそう。
すごーくすごーく長く色々書けばなんとなく伝わるかもしれないけど。それ誰も読まないよね。

というわけでこの辺で。自分の備忘録的に。

そうだね。ひとつ繋がったことを言うなら・・・

例えば選挙は、問題意識が他や全体に向かう人が少なくなると機能しなくなるだろうって事ですかね?
選挙を自分の問題を解決する手段だとみなしてると、意味ないよねになっちゃうよね。
だって選挙に行って自分の問題が解決することなんてほぼまったくないのだから。

あれは、みんなで全体や助けるべき人のことを考えて、その解決のためによさそうな選択を選ぶものです。
みんなの問題をみんなで考えるためのもので、自分の問題を解決するためにするものではないのです。
全体や他を救いたいと思わないならばあれは無用の長物だね。

他や全体のことを考える余裕のない人が多くなるとたぶん民主主義は崩壊しそうだ。
だって自分の問題を解決するにはだれか強い人に自分を助けてとお願いする方が遥かに早いもの。
苦しんだドイツ国民は、他や全体のことなんて考える余裕をなくして自分を救ってくださいとナチスに全権をわたしてしまったうようにね。
考えてみると怖いね。

とか・・

やはり力を持った人は、みんなのことを考えなきゃいけないよね。

みたいなことかな?

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